教育コラム

「仙台経済界」掲載コラム

第27回 間はどうなんだろう?

国語力の低下がさけばれ始めて久しい気がします。活字離れや、コミュニケーション能力の低下などもあわせて語られることが多く、自分の考えを述べるような記述式の問題が苦手というお子さんも多いようです。

先日、新聞の記事にコミュニケーション能力の低下は子ども達だけではなく大人でも感じられるという内容のものがありました。白黒はっきりさせるもの言いをするため、中庸というのが理解できず、人間関係が円滑に運べないというようなことでした。

私としては、仙台はその中庸が理解できる人が多いような気がしています。都会のよさと田舎のよさが融合しているためか、多くを語ることなく心情を理解できるあたたかい人が多いように思うのです。

それが、受験となると・・・という人は多いようです。例えば、「勉強しなければいけないとわかっているのにできない」という生徒さんがいた時、「本当はやらなければいけないと思っているんだね。」と気持ちを代弁してくれる大人がいたらその気持ちはどんなにか救われることでしょう。「・・・それで、結局どうなの?」「結論は何なの?」と結果を急ぐ前に、白黒はっきりさせられないその気持ちや過程も大切にしてあげたいものです。自分の気持ちが素直に言えるためには、自由な発言が許される環境が必要です。正しいことしか言えない環境の中で、自分の考えを述べるのは難しいですね。

生徒さん達の学力向上のために、大人が気をつけるべきことはまだまだたくさんありそうです。

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