教育コラム

「仙台経済界」掲載コラム

第24回 思いやりの気持ち

受験に合格したという知らせが届く季節になりました。どの人も不安やプレッシャーと闘い手にした合格です。喜びもひとしおだと思います。「○○先生のおかげで東北大の推薦入試に合格しました。ありがとうございました。」「いえいえ、○○君のがんばりですよ。」社内では、このような会話が飛び交います。微力ながらもお役に立てたと思う瞬間です。

中に、こんな生徒さんの声がありました。「受験勉強中、自分は両親にとても心配をかけた。合格できたのは自分を支えてくれた両親のおかげです。」とのこと。こんなに素直に感謝できるなんてすごいなあと感動しました。

よく、最近は子どもも大人も自分さえよければいいという人が多いのではないかといわれます。困ったことがおきると、責任の所在ばかりに気をとられ一緒になって責める割に困っている人を助けようとしない、また、自分をわかってもらうことのみに専念し、相手を理解しようと努めないことなど。私個人の感覚としては仙台の子どもも大人も比較的思いやりのある人が多いと思いますが。

困っているときに助けられた経験があれば、自ずと困っている人を助けるようになるでしょうし、自分をよく理解してもらっていると感じれば相手を理解しようとも思うのでしょう。本当にお互い様なんだなあと感じます。親子の関係もそうなのかもしれませんね。
きっとこの生徒さんは、両親が困っているときのみならず他の人が困っているときも助けようとするだろうと思います。思いやりの気持ちとはこのように育つんだなあとあらためて感じた一言でした。

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