教育コラム

「仙台経済界」掲載コラム

第2回 勉強は幸せになる手段(03.3-4月号)

前回、「ナンバースクールは死語?」という題で、子どもたちの勉強に対するやる気が今と昔では違うのではないかという話をしました。でも、今の子供たちがみなやる気がないわけではなくて、「隣の子は言われなくても勉強してる。どうして?」と不思議に思ったりしたことはありま せんか。

そこで今回は、今も昔も共通する「やる気」が実はあるという話をしようと思います。

ある一人の子の話です。人間関係の影響で小学校高学年から学校へ行けなくなり、本人も家族も決してその子が悪いわけではないと思っていても、将来に対しては悲観的になっていました。家庭教師がお伺いしても勉強は進まず、やっては忘れ、やっては忘れの繰り返しでした。ある時教師は気づきました。繰り返しやるべきことは問題を解くことではなく、自分の将来に希望を持たせることではないかと。

同世代の友達と日々の暮らしを共にすることがその子の望みだったので、高校に行けばその望みは叶えられる、だから勉強をがんばろうという働きかけを教師は始めました。そしてその子が心配なことをどんどん話してもらったり、希望を持てたらそれが膨らむような話をしながら、勉強を進めるようにしました。もちろんその後も壁にぶつかることはありましたが、今はその子は第一志望の高校で友達と学校生活を送っています。

勉強に対するやる気のあり方は昔と変わっても、共通する部分はあります。「勉強は目的でなく、自分を幸せにする手段だ」と思えたら、やる気は出てくるもののようです。

「リビング仙台」コラム目次へ戻る